薬菜は自分のすぐそばに座っている「芳一」という坊主が気になって仕方がなかった。笠を深く被っている為、目元がはっきり見えている訳ではないが、芳一が目を開けているのを一瞬たりとも確認することができず、どう見ても目をつぶっているようにしか見えない。普通の人であればキョロキョロと周辺の景色を見たり、飛んでいる鳥や蝶を目で追ったりするものだが、芳一は地べたの一点を見つめているような状態のまま全然動かないでいる。
芳一はしばらくの間動かずに地蔵のように沈黙していたが、やっと口を開いた。
「しかし、そなたは人気があるようだな。まだ他にもつけてきている者がいる」
「えーっ!どこどこ?さっきの奴の仲間?」
「さあな・・・」
と、言いながら芳一が左手の袖口に手を入れ、中から琵琶のバチを取り出すと「シャッ」とかすかに音をたて、バチの両脇から翼のような刃が出てきた。直後、芳一はバチを素早く投げつけた。
芳一が投げたバチが少し離れた大木の幹に音を立て突き刺さった。
「坊主にしてはいい目をしちょるの~?きょうびの坊主はこんな物騒なモン持っとるんかい?」
と、大木の影から独りの侍風の男が出てきた。男は髪はボサボサで妙に痩せさらばえた感があり、はだけた着物の胸は骨と皮しかないかに見える。
「あいにく目は見えん。何か用か?」
薬菜はそれを聞いてビックリして芳一を見た。
「目、目が見えない!?嘘だろ!?」
塑像のように薬菜は固まってしまい、芳一を見ながら呆然としている。
侍風の男は着物の中で両腕を組んでいたが、右腕を出して幹に突き刺さったバチを引き抜くと「ホイ」と声を掛けて、芳一に投げ返した。バチはクルクルと廻りながら芳一の足元に落ち、男はしゃくれたアゴでニタニタ笑いながら言った。
「坊さんには用は無い、ワシが用があるのはその娘だ。娘さん、悪いがワシと一緒に来てもらおうか」
「やなこった、誰があんたなんかと!」
「ケッケッケッ、悪いようにはせん。大人しく来てもらおうかい」
「お侍、そのへんにしとくんだな。強引すぎるぞ!」
芳一が黙っていられず、割り込んできた。
「なんじゃい坊さん、斬られたいんかい?」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
ニタニタしていた侍風の男は、それを聞いて表情を変えた。
「坊主、自分で自分の供養をすることになるぞ!」
「あくびが出る。さっさと刀を抜け!」
薬菜は芳一の挑発的な態度を見て呆れ気味に呟いた。
「はあ・・・またやるの?好きだね~。本当に坊主かな?」
侍風の男は腰に差していた太刀を「スラリ」と抜き、斜に引き抜かれた太刀は閃光を放った。