歴史ノンフィクション小説 その後の芳一 【第18話】

 巨大な平家蟹に挟まれた芳一を誇らしげに見ていた知盛は、芳一を放すよう敦盛に命じた。敦盛が笛を吹くのをやめた途端、蟹のハサミから芳一の身体がすり抜け(ドサッ)と音を立てて船の上に落ちた。芳一は船の上で横たわりピクリともしなかったが、念のため芳一を動けないように縛りつけろ、と入江丹蔵に命じた。即座に手に出現させた綱で芳一を絡め取ろうとしたが、その瞬間芳一が突然動き出し、丹蔵は蹴り飛ばされ海に落下してしまった。矢継ぎ早に芳一はバチを取り出し、下から突き上げるように敦盛の竹笛を真っ二つに切り裂き、更に知盛に攻撃を仕掛けたが、知盛の放出した波動により逆に芳一が海に突き落とされた。

「大丈夫か?敦盛」

「私は大丈夫だが、蟹が消えちまった。クソ坊主め!許しがたい」

「まあ待て、海の中は俺に任せろよ」

 知盛は一瞬で甲殻系の化身となり海の中に飛び込み、その場から離れようと潜水したまま泳いでいた芳一を追撃した。(奴は目が見えんと聴いているが普通に泳いでいる。本当に盲目なのか?まあ、捕まえてみりゃ分かるか・・・)

 知盛の潜行速度は早く、あっと言う間に追いつき芳一の足を左手で掴み取ると力強く引っ張り芳一の身体を引き付けて、芳一の首の後ろを右手で挟み込んだ。知盛は芳一の首を挟むと右手を蟹のようなハサミに変化させ、更に強力な力で首を締め付け芳一を苦しめた。芳一の顔の周りに真っ赤に染まった海水がモヤモヤと漂い出し、それを見て知盛は微笑を浮かべ(もうよかろう、死んでしまってはかなわん)とハサミの手を緩め、弱った芳一を船に上げようとした。芳一の口から出ている血はどんどん周りに広がっていき、やがてどす黒い色に変わりあたり一面が見えなくなってしまった。知盛はすぐさま芳一を捕まえようと、黒く染まった海水の中に潜り込みハサミを前に突き出した。一瞬何かがハサミの先を掠めたが、漆黒の海水に包まれ完全に芳一を見失ってしまった。

 (しまった!)その異常さに気づいた時には既に遅く、知盛の脳裏は幻覚に支配されていた。かつての壇の浦の戦いの風景が広がり次々と平氏の船団が沈んでいく。やがては残りの武将や兵士達も戦うことを止め、次々と海の中に投身していく情景が延々と繰り返されていた。知盛はその悲壮的な最後の時を目の当たりにして慟哭し、意を決し自らも入水して壇ノ浦の海の底に沈んでいった。

 我に返った時には小舟に横たわっていた。

「一体何があった!?私はなぜここにいるのだ?」

「それはこちらが聞きたい。知盛殿は海に潜ったままなかなか上がって来ずに、半刻ほどが過ぎた頃に水面に漂っているのを丹蔵が見つけました」

「で、坊主は?」

「さあ・・・あなたが海に蹴り落としてから見てません」

「うぬ、坊主め・・・急ぎ教経達と合流するぞ!」

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