維盛は遠江の主要部である国府や国分寺一帯を占拠していた。平家の怨霊たちにとって、人間では到底太刀打ちできない強い妖力を持っていた為、人間を支配下に置くことなど容易いことであった。遠江に現れた維盛一行に対し国府を守っていた衛兵達が応戦したものの、全ての兵士達が瞬く間に妖力によって操られてしまい、あっけなく主要部は維盛に支配されてしまったのである。
椅子に座っていた維盛の前に、白い煙が立ち込め忠度が現れた。
「維盛、のんきに座っている場合ではないぞ。お達しが来た!」
「徳子殿から?」
「なんだ、知っているのか?」
「あんたの所に紅を行かせたのは私だ」
「では話は早い。早速その坊主を探しに行くぞ!」
「まあ、慌てなさんな。徳子殿の蝶が、坊主の行方を追っている。連絡を待ちましょう、既に配下の者たちも待機させてる」
「カッ、のんびりしていたのはワシだけか・・・」
「入道殿もあなたも十分な働きをしてきた。あの世でゆっくりされれればよかったものを・・・」
維盛は立ち上がり、そう言い残して部屋から出ていった。
夜になり暗闇の夜空に大きな三日月が浮かび上がっている。風が強く広い野原の草がカサカサ音を立てながら揺れ、草の動きにならうかのようにかがり火の炎も大きく揺らめいていた。かがり火から少し離れた位置に、髪をなびかせながら、大きな三日月を見上げて維盛は立っている。誰もいない広い草原の中で維盛はポツリと言った。
「いい月だな」
「坊主はまだ富士川にいます。素性は皆目・・・」
若い女の声が維盛の言葉に続いた。徳子の配下であるセセリが維盛の背後にいつの間にか立っている。
「ん?坊主はまだ富士川に残っているというのか・・・小娘も一緒か?」
「別の男が現れ、坊主から離れていきました」
「その小娘、源氏の者らしいな・・・まあいい、後回しだ。今から坊主のいる場所に急行する!セセリ、案内しろ!」
「はい」
セセリは立っていた場所から姿を消したかと思うと、花火のような光となり暗い夜空の中に消え、その直後維盛も立っていた場所から姿を消し、一筋の閃光となって上空に舞い上がり夜空の中に消えていった。
草原に広がる草葉と、取り残されたかがり火がいつまでも揺れていた。