歴史ノンフィクション小説 その後の芳一 【第16話】

「申し上げます。建礼門院様よりお達しがあります」

「ん?徳子のお達しだと・・・何だ、申せ!」

「知盛殿には至急、尾張国熱田に向かわれよ、との事です」

 知盛は都近くの温泉に浸かっていた。

「ここの温泉も飽きたな。おい、熱田の辺りには、いい温泉があるのか?」

「はっ?さあ、存じません」

「調べておけよ。どうせ行くんなら、いい温泉につかりたいからな」

 知盛は温泉から上がり、身体を拭き始めた。平氏の亡者の中でも力のある者は、様々な特殊な力を個々に持っている。また、化身となることで更なる力を発揮する事ができるのである。知盛の身体は赤みを帯びた銀色の甲殻で覆われ、甲殻類特有の尖った棘のようなものがあちこちに突き出て、頭部には2本の触角が後方に向かい長く伸びていた。その姿が化身の一つである。知盛は平清盛の四男で、かつての源平の戦いでは総大将を務めるなどして、最後まで奮戦した平氏きっての猛将である。そのため亡者になっても強い力を持ち、組織の中枢に立っていた。

「ところで、熱田に何しに行くんだ?」

「例の坊主が清水湊より船に乗り、熱田の湊にに向かっているようです」

「その坊主、京に向かっているんだろう、だったらココで待ってりゃいいんじゃねぇのか?」

「即刻生け捕りにするよう六波羅殿が命じたようです。他に教経殿、資盛殿、師盛殿、通盛殿にも命じたようで、知盛殿が指揮を取るようにと」

「維盛がしくじったとは言え随分大げさだな、目が見えねぇ坊主一人に・・・敦盛にも来るように伝えてくれ」

 前世の姿に一瞬で戻り、従者にそう言い残して知盛はその場から消えていった。

尾張国ー熱田湊

「知盛様、お早い到着で。またゆるりと温泉にでも寄って来るのでは、と思っていました」

「おっ、シジミか。しかし春よの~、徳子の蝶があちこちに翔んどるわ」

「坊主の船は、既に知多の辺りを通過しています。あと半刻ほどでここに着くでしょう」

「うむ。教経達をここに呼んでくれ」

「かしこまりました」

 教経達は既に到着して別の場所で待機していたが、徳子の侍女であるシジミに導かれて、知盛がいる湊に現れた。

「ご苦労、お前たちはこの湊で待機していろ!私と敦盛と丹蔵は船で沖に出て、その坊主の捕縛にあたる。万が一坊主が陸に上がってくるような事があったら生け捕りにしてくれ」

「ずいぶんやる気になってるじゃねぇの、知盛よぉ」

「皮肉を言うな教経、虫けらのような人間どもを相手するのも飽きていたところだ。何しろ知度を消し、維盛を敗退せしめた奴だ!興味があるのよ。丹蔵、船を出せ!」

はるか遠くの沖合に一艘の船が見えてきていた。

NO IMAGE
最新情報をチェックしよう!