富士川の河原には大小さまざまな石が無数に転がっていて、川の流れに洗われたせいか皆同じ様に丸く、同じ様に淡い灰褐色をしている。河原の土手沿いは歩くのが困難なほど草木が生い茂り鬱蒼としている。しかし、土手から川の間の平たい部分には限られた種類の草が散在して生えているが、ほとんど木は生えていない。低木がおまけのように寂しく立っている。河原は闇に包まれ、周辺にある全てのものが日中の色彩を失い黒い影に変化している。暗闇の静寂を引き裂くかのごとく川の荒い波音だけが響き渡っている。
月明かりに照らされた夜空から一条の光が河原際の土手の上に落ち、少し間を置き別の光が後を追うように落ちてきた。閃光となって落ちてきたのは言うまでもなく維盛とセセリである。維盛は土手から離れた所を流れる黒い水面の方をジッと見つめて言った。
「ほう、あれが噂の坊主か」
遠くを見つめる維盛の目には、川べりに座禅を組み闇に紛れて読経をしている芳一の姿が見えていた。土手から川べりまで優に100mはあり、とても普通の人間ではこの暗闇の中にあるものは何一つとして判別ができないであろう。知度を消し去った芳一の後ろ姿を維盛がジッと睨みすえていると、三人の配下の者たちが続いて現れた。
「熱心な坊主だ、この暗闇で念仏唱えとるわ」
と皮肉交じりに甲冑姿の男が言った。この男は藤原忠清といい、生前維盛の父重盛に使えていた武将で維盛の乳父も務めていた者である。
「気に入らんな・・・奴を即刻始末しろっ!」
維盛は苛立った表情で声を荒らげて配下の者に命令を下すと、一人の男が返事をし、更にその男が傍らにいた老人に指示を出した。男は維盛直属の家臣で名を小金吾武里《こきんごたけさと》といい、老人は小金吾に付き従っている所従頭である。
「翁、所従共を呼べ!」
「フォッフォッフォッフォッフォッ」
と、老人が不気味に笑い出すと、老人の背後に人魂のような光が現れ「ボッ」と発火するような音を立てた途端、光は骸骨のような化け物に変異した。一体が現れると「ボッ」「ボッ」「ボッ」と音を立て、次々と同じ様な骸骨の化け物が現れだした。化け物は全部で八体現れ、フォルムは皆一緒だが、人間同様一体一体は微妙に違っていた。茶ばんだ頭蓋骨に風化してパサパサになったみすぼらしい髪の毛が側頭部に付着し、胸元や腕はまるで干からびたミイラのよう。ボロキレのような着物をまとって、各々が刀を持ち、両足は無くフワフワと宙に浮かんでいた。八体が出揃うと
「行くぞ!」
小金吾の号令一下、老人と八体の化け物共が芳一目掛けて一斉に動き出した。