歴史ノンフィクション小説 その後の芳一 【第9話】

  • 2023年7月16日
  • 2023年7月22日
  • 小説
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 芳一は座ったまま読経を続けていた。背後から維盛の手下達がグングン迫っている状況にまるで気づいていないかのように。

 小金吾は大きな釣針のような鈎《かぎ》を右手に持ち、その鈎を結付けている紐を左手に持って芳一に向かって突進していていたが、標的まであと10m程度の地点で自らは立ち止まり、他の者達に突っ込む様に手で合図した。所従達は扇状に広がり、地べたに座っている芳一目掛けて一斉に襲いかかると、重なり合う所従達に覆われて芳一の姿は見えなくなった。暫くの間、芳一に群がり蠢いていたが、所従達は急に芳一から離れだした。「ん?」小金吾は状況が掴めない。所従が離れた為、芳一が座っていた場所が開けて見えるようになったが、そこにいるはずの芳一の姿が無い。咄嗟に小金吾が懐に手を突っ込み発光玉を取り出し空に向かって投げた。一時的ではあるが上空の光に照らされて周辺が明るくなり、その直後、何かを見つけたらしく翁が慌ただしく動き出し、小金吾の傍らから消え瞬間移動で所従達の傍に現れ

「坊主は川の中じゃ!」

 そう叫んで、手に持っていた扇子を「バッ」と素早く開くと、水面に向かってブーメランの様に投げ、投げた扇子は水面を切って川の中に潜っていった。

「者共、今の場所を刀で突けっ!」

 先行した3体の所従は、翁が扇子を投げた水面近くまでくると、各々刀を振りかぶり芳一が潜っているであろう水中に刀を刺そうとした。がその時、突然水しぶきが上がり3体の所従たちは、煙をあげて蒸発してしまった。その一瞬の出来事に危険を感じた翁は、残りの所従達に

「者共、下がれ下がれ!」

 と、先刻の指示とは正反対の事を大声で叫び、芳一に向かって突っ込んでいく所従達を制止した。翁もまた地べたには立たずに宙に浮いている。頭には烏帽子を頂き、顔は翁の能面で覆われている。それが翁と言われている所以である。いかにも年寄りらしい茶緑の着物を来て、足袋に草履を履き両足のつま先を地に向け、揃えた状態で宙に浮いていた。所従達に叫んだ直後、直立したままの姿勢で川に向かって水平移動し、扇子を投げ込んだ直前まで来ると、しゃがれた奇声を出しながら右手を水面に向け妖力を発した。翁の妖力により「ドボッ」と重い音をたて、水面に水柱が上がった。

川の上に浮かんでいた翁が「グオッ」と、うめき声を出し、石ころだらけの河原に叩きつけられ、血を吐いて猫のようにうずくまってしまった。水柱が上がったあたりの水面には錫杖を持った芳一が立っていた。

「おのれ、坊主め」

 小金吾は右手に持っていた鈎をヒュンヒュンと音を立て回しだし,怒りに満ちた表情で芳一を睨み付けている。

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