歴史ノンフィクション小説 その後の芳一 【第11話】

  • 2023年7月27日
  • 小説
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 翁の反応がないことに異常さを感じ、小金吾は手をかざし軽い念力で翁を刺激した。小金吾が放った念力は微弱であるにも関わらず、翁の身体は風船のように大きく揺れ、ゆっくりと回転し始めた途端「ボッ」と音を立て煙となって消えてしまった。消滅する寸前に喉に扇子が突き刺さっている翁の哀れな姿を見た小金吾は茫然としていた。(翁の投げた扇子を杖で打ち返して翁の喉に突き刺したという事か?・・・この男は知度殿も消しているという・・・我らと同じ亡者なのか?) 翁の最期が脳裏に焼き付き小金吾は得体の知れぬ坊主に戦慄を感じていた。

 後方の土手から静観していた維盛たちにも翁の最期は目に映り衝撃を受けていた。

「セセリ、見ているのも嫌であろう、状況は後で教えてやるから何処かに行ってろ」

「いえ、結構です。私は徳子様の命で視察にきています」

「だからここでの事は、お前に教えてやると申しておるのよ」

 セセリは孤児である。子供の頃、野党に押し入られ目の前で家族を惨殺されてしまった過去があり、維盛はその事を思い起こさせるようなシーンをセセリに見せたくはなかった。

「ありがとうございます維盛様。しかし、私も既にこの世の者ではないので心配には及びません」

「・・・」

 気丈に振る舞うセセリに、維盛は奥ゆかしさを感じ、川の方から視線を反らさず凛としているセセリの横顔をジッと見つめていた。

 翁が消えると同時に、司令塔を失った2体の所従も煙となって消滅した。坊主と間近で対峙しているのは小金吾だけになっていた。知度を消し、翁を消し、複数の所従を瞬く間に消してしまった坊主を前にして、小金吾はどうするべきか躊躇していたが、段々はらわたが煮えくりかえってきた。

 かつて、武力でのし上がり権勢を誇った平氏が、こんな貧弱な一人の坊主に犠牲を払って翻弄されていることが悔しくて怒りが込み上がってきた。(俺が始末してやる!) 小金吾は地べたに転がっていた鈎を蹴り飛ばし高く上げ、鈎がその勢いで孤を描いて後ろに落下してきた所を、大きく紐を振り回し芳一目掛けて鈎を飛ばした。「ビュー」と唸るような音を立てながら、鈎は勢いよく芳一の方へ向かっていった。

 それまで、膝下を川に浸からせたまま動かなかった芳一が、小金吾の動きに反応して前に踏み込み、川から出てきた。鈎は芳一に向かって飛来し、芳一は鈎に向かって疾駆し、双方が接触する寸前に芳一は右手で琵琶のバチを取り出した。まっすぐ突進してきた鈎を軽くかわし、鈎に引っ張られていた紐を素早く断ち切った。紐は地に落ち、鈎は川の中央に向かいグングン飛んでいきやがて川の中に消えていった。

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