主力の武器を失い、小金吾は焦りながら紐のもう一端に付いている分銅を投げ、芳一を絡め取ろうとしたが、分銅はワンテンポずれて芳一がいた場所に達し、芳一は更に前進し小金吾に迫ってきていた。(南無三・・・)杖頭に反射した月明かりの光が目に入り、小金吾は再び天命が尽きるのを感じた。
「チャリン」と遊環が小気味よく鳴り、小金吾の顔寸前で杖頭が止まった。
維盛が立ちはだかり芳一の錫杖を掴んでいた。
「下れ、小金吾」
「申し訳ありません」
維盛が小金吾に対し払い除ける様な手振りをすると、小金吾はその場から消えてしまった。維盛は芳一の方へ向き直り、錫杖を投げるように手放した。
「随分勇ましい坊さんだ。何者なんだアンタ?」
「維盛か?」
苦笑いのような笑みを浮かべていた維盛は、眉間にシワを寄せ険しい表情に変わった。
「なぜ俺を知っているんだ!?」
「以前会っている」
「お主の名は?」
「芳一」
「!!・・・まさか・・・あの琵琶法師か!?」
坊主の言葉に、維盛は驚愕せずにいられなかった。数十年の歳月が流れていても、維盛は鮮明に覚えている。弱々しい盲目の若い僧侶が平家一門に囲まれ、悲しげな琵琶の音色を奏でながら弾き語っていたのを。平家の亡者は芳一の演奏に魅了され、芳一の語りに涙しない者はいなかった。維盛もまた、芳一の美しく哀愁のある弾き語りに魅了されていた。その頃の平氏にとっては芳一の演奏は何よりの慰みとなり、至福の時間でもあった。しかし、あの忌まわしい出来ことが起き、芳一は京から姿を消してしまった。それからであろうか・・・平家の亡者が徐々に凶暴化し怨霊のように変貌していったのは。
芳一の弾き語りが、平家の亡者共にとっての鎮静剤であったのかもしれない。
あの時の若い琵琶法師と目の前にいる坊主がどうしても結びつかなかった。かつての芳一を思い起こしても繊細なカゲロウのようなイメージしかないが、目の前にいる芳一はまるで狼のようであり、その存在自体が理解できない。(この男・・・何をしようとしているんだ?)
「おまえさん、我らを倒そうとてか?」
「そうだ。お主らはもうこの世にいてはいけない存在だ。自分で墓にも入れんのだろう?だから私が手伝ってやる。お主の墓にはそのへんの木の枝でも突き刺しといてやろう!」
「地に落ちたか、芳一!!貴様こそこの世にいてはならん。こっち側に引きずり込んでやるわ!」
かつて心の拠り所にしていた語り部に情けを感じたが、その無礼な挑発に維盛は怒りが込み上げ、芳一は倒さなければならない敵だということを改めて悟った。