背中に手を廻して箙《えびら》の様な筒に入っている両節棍を取り出し「ヒュンヒュン」と、音を立てて振り回しだした。男はあざ笑うかのように口元に笑みを浮かべている。薬菜は逃げていた時とは一変して紅潮した怒りに満ちた顔で男に突進し、飛び上がりながら手にした両節棍を男の顔めがけて思いっきり振りかざした。しかし、両節棍は宙に舞い男にかすりもしなかった。(ばかな・・・)
男の顔をとらえた、と瞬間的に確信したが、信じられない速さで男は後ろに退いていた。男は持っていた槍を小手先で一回転させ、薬菜が着地してしゃがみ込んでいるタイミングで素早く槍を振り回し、流れるような手さばきで薬菜を強打した。薬菜は吹っ飛び地べたに叩きつけられた。
「源氏の者は生かしておくわけにはいかん!」
男はそう言い、横たわっている薬菜の傍らに立ち、狂ったように笑いながら槍を振り上げた。その直後、「ゴッ」と鈍い音と共に、叫びながら男は地面に倒れ込んだ。薬菜は地べたに横たわっていたが、自分を追っかけていた気味の悪い男が頭から血を流して倒れている姿を見て驚き、跳ね起きた。
「娘さん、早く逃げなさい」
そう声を掛けてきたのは、さっきの坊主である。
「あ、薄情な坊主!」
「ワーハッハッハッ、薄情な坊主か・・・まあいい、とにかく急いでそこから離れろ!そいつは直ぐに起き上がって、おまえに襲いかかって来るぞ!」
薬菜は状況が掴めずにポカンとしていたが、あわててくさっぱらの方へ逃げ出し、数十メートル走ったところで後ろが気になり振り返ってみた。しかし、地べたに横たわっていた男がいつの間にか坊主の背後に回り込んでいたのに気づいた。
「坊さん、うしろっ!」
薬菜はとっさに坊主に向かって声を発したが、坊主は背後の男の方に振り向こうともせず平然とそのまま動かずに立っている。男は背後から坊主に襲いかかるつもりだったが、戦慄に似たものを感じた。
「おい、坊主!貴様一体何者だ!?人間ではあるまい!?名を名乗れ!」
「お主のような死人に名乗る名前はない」
このやり取りを聞いて薬菜は驚き、(ちょ、ちょい待てよ、あの気味の悪い男は死人で、この坊主は人間じゃねーのか!?なんなんだよ、こいつら・・・) 開いた口が塞がらなかった。
「なめやがって!」
と、男は大声をあげながら腕を振り上げた。その途端、男の体が一回り大きくなり、上半身の直垂がビリビリに破け、両手の爪から獣の様な鋭い爪が伸び出し、一瞬にして邪鬼のような姿に変身したのである。頭上より鋭い爪を勢いよく振り下ろし坊主に襲いかかった。
坊主は素早く腰を落し持っていた錫杖の柄を、背後の男の腹部あたり目掛けて突き刺した。錫杖の環が「チャリン」と、小気味よく鳴り響き、男はうめき声を挙げ口から血へどを吐いた。