歴史ノンフィクション小説 その後の芳一 【第4話】

  • 2023年6月11日
  • 2023年7月22日
  • 小説
  • 7view

 文治元年(1185年) かつて栄華を極め権勢を誇った平氏は、源氏との戦いの末、壇ノ浦に破れ滅亡した。平家一門の深い怨念はいつまでも消えることはなく、言霊《ことだま》となり戦地となった場所に彷徨い続けた。やがてその言霊は怨念が強すぎるが故に生前の姿として現れるようになり、死人として蘇った平家の者たちは、京に舞い戻り、瞬く間に都を支配していったのである。平家に支配されてからの都は、常に暗雲がたちこめ太陽の光も差さない薄暗い陰湿な街に変貌し、汚れた空気に包まれ、急激に荒んでいった。政庁の場も平家に乗っ取られ、天皇をはじめ、皇族、公家たちは幽閉され、民衆たちは平氏を恐れ都から去っていった。その結果、街はほとんど機能しなくなってしまった。

 変貌した都は飛んでいる鳥も見かけなくなっていたが、知度が消されたその日、一羽の鳥が東方より都に飛来し、ある地点でグルグルと旋回していた。旋回している真下はかつて六波羅館があった場所で、その場所に断崖の塊のような大きく切り立った山がいつしか存在していた。山の高さはゆうに50mはあろうか・・・その頂には御殿のような大きな屋敷がそびえ立ち、礎にはおびただしい数の墓石が台地のように積み重なり屋敷を支えていた。およそ人間が造るような建物ではなく、また人間が造れるような立地条件ではなかった。東側の断崖の中腹あたりに、小さな平場が崖から突き出ていて、そこには八角円堂様の建物が建っていた。飛来してきた鳥は、山の上空を何周か旋回した後、真っ逆さまに急降下し建物の傍らに立つ石碑の頭頂部に留まり、あたかも自分の到着を誰かに知らせるかのように「クワーッ」と大きな声で鳴いた。堂の壁には平氏の家紋である揚羽蝶紋の垂れ幕が掲げられ、すぐ横には建物の入口がある。建物の中は何も見えぬほどに暗い。鳥が鳴いて数秒後、漆黒の中から人影が現れた。

 中から出てきた者は、腹部まで垂れ下がった尼僧頭巾を被り、腰下は長い裳《も》を履いた女であった。身につけている衣装はこの2つしかなく、頭巾の下は何も着ていないため、腕や腰廻は肌が露出している。首からは、男の坊主がぶら下げるかのようなごつい数珠を掛け、手首には金の装飾を、顔は頭巾で隠れ目元だけが見えているが、左目には揚羽蝶の形をした飾りを付けている。

建礼門院ー平徳子である。

「何か知らせか?」

徳子が話しかけた石碑の鳥は「紅」と呼ばれており、この鳥も既にこの世のものではなく、名前の通り紅い毛で覆われているが、体は骨しかなかった。紅は低い鳴き声で「クルルルル」と、徳子に答えた。

「馬鹿な⁉・・・なんという事だ!・・・」

紅の返事に徳子は驚いてしばらくの間呆然と立ち尽くしていたが、我に返ると鳥から目を離し、正面に向き直って叫んだ。

「挵《セセリ》!」

たちまち徳子の正面に黒い靄のようなものが掛かり、みるみる靄は濃くなって人の形を形成していった。形成されて現れたのは黒い頭巾を被り、黒い服をまとった若い女であった。

「お呼びでしょうか?」

「知度が富士川で消されたようだ・・・たった一人のどこぞの坊主にだ!」

「えっ?」

「遠州に維盛がおろう・・・維盛の元に紅を飛ばし急行させよ!そして、お前は今から富士川に向かい、その坊主の様子を探れ!知度を一人で葬っているような坊主だ。よいかセセリ、決してお前はその坊主に手出しをするでないぞ!維盛が着くのを待て」

「わかりました。」

徳子がスーッと奥の暗闇に姿を消した後、セセリは鳥の横顔に手を添えてささやいた。

「頼むわね、紅」

「クワッ」と、紅は鳴いた途端、バサバサと大きな音を立て東の彼方へ飛び去っていった。

NO IMAGE
最新情報をチェックしよう!